東京地方裁判所 平成2年(ワ)3811号 判決 1991年3月26日
原告 和田憲親
被告 国
右代表者法務大臣 左藤恵
右指定代理人 梅津和宏 外八名
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実および理由
第一請求
被告は、原告に対し、金一五八万円およびこれに対する平成二年四月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 原告は、訴外日本電信電話株式会社(以下、「NTT」という。)の株式を購入し、後にその株価の下落により損失を被った者であるが、株価の下落は、事前の情報開示もなしにNTTに対する企業分割案、規制強化を打ち出すなど株主の財産権を無視した被告の行政権濫用が原因であるとして、被告に対し、国家賠償法第一条にもとづき損害の賠償を求めた。
二 本件の経緯は、以下のとおりであることが認められる(特に証拠を摘示していない事実は当事者間に争いのない事実である。)。
1 NTTは、旧日本電信電話公社を前身とし、昭和五九年一二月二五日に公布、施行された日本電信電話株式会社法(昭和五九年法律第八五号。以下、「NTT法」という。)にもとづき、昭和六〇年四月一日設立された株式会社である。
なお、同法附則第二条は「政府は、会社の成立の日から五年以内に、この法律の施行の情況及びこの法律の施行後の諸事情の変化等を勘案して会社の在り方について検討を加え、その結果に基づいて必要な措置を講ずるものとする。」と定めている。
2 被告は、昭和六一年一〇月から昭和六三年一〇月にかけて、NTT株式合計五四〇万株(売出総額一〇兆一九二〇億円)を民間に売却した。
また、昭和六二年二月九日には、NTT株は証券取引所に上場され、市場に流通するようになった。同月から昭和六三年一二月までの月末株価の平均は約二四二万八〇〇〇円であった。
3 原告は、公認会計士であるが、平成元年二月一〇日、証券会社に委託して、証券取引所を通じ、NTT株を一株あたり金一七四万円で八〇株購入した(<証拠>)。
4 原告は、平成元年七月二六日、証券会社に委託して、右八〇株中の四一株を、一株あたり金一五六万円で売却し、一株あたり金一八万円の売却損を被った(<証拠>)。
5 被告(電気通信審議会)は、平成元年一〇月二日、「今後の電気通信事業の在り方・中間答申」(以下、単に「中間答申」という。)を発表した(<証拠>)。
同日のNTT株の価格は金一五〇万円(一株あたりの東京証券取引所の終値。以下、同じ。)であったが、同月二六日には金一三五万円に下落した(<証拠>)。
6 被告(電気通信審議会)は、平成二年三月二日、「日本電信電話株式会社法附則第二条に基づき講ずるべき措置、方針等の在り方・答申」(以下、単に「答申」という。)を発表した(<証拠>)。
同日のNTT株価は金一二八万円であったが、同月二二日には一〇七万円に下落した(<証拠>)。
7 原告はなお三九株を所有しているが、平成二年三月二九日のNTT株価は金一一三万円であり、原告には一株あたり金六一万円の評価損が生じている(<証拠>)。
8 被告(郵政省)は、平成二年三月三〇日、「日本電信電話株式会社法附則第二条に基づき講ずる措置」(以下、単に「講ずる措置」という。)を発表した。
三 原告の主張
1 違法性
NTT法附則第二条所定のNTTの在り方の検討に関する、被告(郵政省)のNTT分割案および規制強化は、以下の点において違法であり、行政権の濫用である。
(一) NTT株主の財産権を侵害していること
(1) 被告は、国策および世界的潮流によりNTTの民営化および株式の公開を実行し、総額一〇兆一九二〇億円の株式売却収入を国庫に収め、株主数約一六〇万人という状況を形成したのであるから、憲法第二九条第一項、民法第一条第二項、第三項にもとづき、NTT株主の財産権を保護すべき義務を負っている。
(2) ところが、被告(電気通信審議会)の「中間答申」は、NTTに対する企業分割と規制強化による官僚統制の方向を示しており、「答申」は、NTTを長距離と市内の二社に分割することとしている。
これらは、次のとおり、NTT株主の株主権保護を無視する内容のものである。
<1> NTTを公共公益企業と位置付け、国民、利用者のために株主を犠牲にしている。
たとえば、「中間答申」は、資本準備金とされた旧公社時代の設備負担金累積額(金二兆五四六一億円)について、電話加入者等にその利益を還元できるような会計処理を検討する必要があるとして、株主の資本準備金に対する持分権を侵害した。
<2> NTTを構造的な欠陥企業と位置付け、「公正有効競争」の名の下に、NTTの分割を導き、株主を犠牲にして、他の事業者の利益を図っている。
<3> 郵政省によるNTTに対する規制が多すぎ、しかも規制緩和について述べられていないため、NTTは郵政省によりどんな不利なことを押し付けられるかわからない半官半民の会社であると評価され、市場の信頼を失わせている。
<4> NTT株主にとってのNTTの長所である巨大性、独占性、ハイテク性、技術開発力等の企業パワーを、NTT分割により取り除こうとしている。
<5> しかも、「中間答申」は、株主保護について「株主の保護、債権者の保護などに関し、商法の特則規定を設ける等の検討が必要である。」としか述べておらず(同二七一頁)、「答申」も、株主、債権者の権利保護については、総四六頁中、わずか一頁しか記述がない(同一七頁)。これらは、株主と債権者を同列に扱って株主を軽視するものであるし、NTTの分割により株主がどうなるのか、株主保護のためどのような法的処理を行うのかについて、明確にしていない。
(3) また、「講ずる措置」も、「公正有効競争」や郵政省によるNTT支配のため、株主の財産権の保護を無視している。
(二) 重要な情報を事前に開示していないこと
(1) 被告がNTTの企業形態に変更を加えかつ規制を強化する見込みである場合には、被告には、民法第一条第二項、第三項または証券取引法第一条、第五八条第二号にもとづき、もしくは、証券市場制度の前提として、その旨の情報をあらかじめ公示、広報すべき義務がある。
(2) にもかかわらず、原告がNTT株を購入した日以前には、被告は、被告がNTTの企業形態に変更を加えかつ規制を強化する見込みであるとの情報をまったく公示、広報していなかった。
なお、NTT法附則第二条は単に「会社の在り方について検討を加え」というのみであって会社分割を検討するとは明示していないし、むしろここにいう「在り方」は会社分割を含まないことは、被告(郵政省)が同法制定前は旧公社の分割民営化に反対していたことから明らかである。
(三) 行政権を濫用していること
被告(郵政省)のNTT分割案および規制強化は、被告が、それを図れば株価が暴落することを知りながら、以下のとおり、行政権を濫用して行ったものである。
<1> 被告(郵政省)によるNTT分割案の目的は、分割によりNTTを弱体化させ、郵政省の支配力を増すとともに、NTTへのいわゆる天下りポストを増加させるところにある。また、規制強化も許認可権等の利権の拡大のために行っている。
<2> NTTの企業形態についての検討は、すべての行政、産業、国民、株主等による広範な検討により推進すべきであるのに、今回の企業分割案は、郵政省がその省益や担当官の私的な目的、意見のみにもとづいて策定したものである。
<3> 郵政省は、昭和五七年四月ころには、旧公社の民営化と分割に反対していたのであり、首尾一貫性がなく、その時々の省益を最優先しているに過ぎない。
<4> 電気通信審議会の豊田英二会長は、トヨタ自動車株式会社の社長であるが、同社はNTTと競争状態にある会社の大株主である。このような直接の利害関係者は、審議会の代表者として不適切である。しかも同社は、日本で屈指の巨大企業であり、そのような会社の社長が会長をしている審議会にNTTの巨大性の問題点を諮問するのは矛盾である。
2 因果関係
平成元年二月から平成二年三月までの間、日経平均株価(東京証券取引所一部上場二二五種)は上昇傾向にあり、その間、NTTの業績も向上しており、NTT株価だけが下落するべき理由はない。
ところが、平成元年三月、被告(郵政省)がNTTの会社分割を検討していると報道されると、NTT株価は暴落を始めた。また、同年一〇月に「中間答申」が、平成二年三月に「答申」が発表されると、前記二の5および6のとおり、NTT株価はさらに暴落した。
会社分割は、会社の収益力および成長性についての長期的および短期的判断の根幹を揺るがす重大事項であり、また、規制強化は、自由な企業活動による活力、創造力、コストにとって不利な要因である。
したがって、NTT株価の暴落の原因は、多数の新聞、雑誌等で報道、解説されているところからも明らかなように、被告(郵政省)によるNTT分割案および規制強化である。
また、被告が、NTTの分割を予定していることをあらかじめ公示していれば、原告はそのような不安定なNTT株式は購入せず、NTT株暴落による損失を避けることが十分可能であった。
3 結論
よって、原告は、被告に対し、国家賠償法第一条第一項にもとづき、被告の不法行為により被った損害のうち金一五八万円(前記二4の売却損二株分金三六万円および前記二7の評価損二株分金一二二万円の合計額相当)の支払いを求める。
第三証拠<省略>
第四当裁判所の判断
一 株主の財産権を侵害するとの主張について
1 NTTの在り方の検討について
(一) NTTは、株式会社ではあるが、一般の株式会社とは異って、NTT法にもとづき、国内電気通信事業を経営することを目的として設立された特殊会社であり(同法第一条第一項)、旧公社の一切の権利義務を承継しているものである(附則第四条第一項)。
そして、NTTは、その営む事業の高度の公共性に鑑み、<1>経営の適正かつ効率的な遂行、<2>電話の役務のあまねく日本全国における安定的な供給の確保、<3>電気通信技術に関する実用化研究及び基礎的研究の推進並びにその成果の普及に努めなければならない責務を負い(第二条)、新株の発行、役員の選任、定款の変更、事業計画等について、郵政大臣の広範な監督に服することとされている(第四条第三項、第九条ないし第一六条)。また、被告(政府)も、NTTの発行済み株式総数の三分の一以上に当たる株式を保有することを義務付けられている(第四条第二項)。
(二) ところで、被告(政府)は、NTT法附則第二条にもとづき、NTT成立の日から五年である平成二年三月三一日までに、NTTの在り方について検討を加え、その結果にもとづいて必要な措置を講ずるべき義務を負っているものであるが、そもそもNTTの在り方についての検討は、前記のようなNTTの基本的な性格を前提として、同条に掲記されたNTT法の施行の状況、NTT法施行後の諸事情の変化等のみならず、他の政策との整合性、その他電気通信や社会経済に関する種々の事情を総合的に勘案しつつ行われなければならないものであるから、その性質上、被告の政策上の裁量に委ねられている事項というべきであり、その検討内容や検討結果が著しく不合理であることが明白でしかもそのことによって何人かの権利義務に直接かつ重大な影響が及ぶなどの例外的事情がある場合は別として、被告がその政策立案の一環として行ったNTTの在り方の検討がそれ自体何らかの意味での違法行為であるとして国家賠償法上の損害賠償責任の問題を生じることはないと解するべきである。
2 中間答申について
(一) <証拠>によれば、以下の事実が認められる。
(1) 郵政大臣は、昭和六三年三月一八日、電気通信審議会(会長豊田英二)に対し、「今後の電気通信産業の在り方」について諮問をした。
電気通信審議会は、右諮問を受けて、電気通信事業部会に三つの小委員会を設置し、審議することとした。
第一小委員会は、香西泰(社団法人日本経済研究センター理事長)を主査とし、学識経験者等一〇名の委員、専門委員をもって構成され、「今後の社会経済動向を踏まえた電気通信市場構造の在り方」を検討課題としている。
また、第二小委員会は、平山博(早稲田大学理工学部長)を主査・委員とし、ほかに学識経験者等七名の委員、専門委員をもって構成され、「ISDN(注・総合デジタル通信網)化の進展等を踏まえたサービス、料金体系の在り方」を検討課題としている。
さらに、第三小委員会は、藤木栄(財団法人移動無線センター会長)主査・委員のほか、やはり学識経験者等一一名の委員、専門委員からなり、「我が国の基幹的電気通信事業者であるNTTの在り方」について検討することとしている。
各小委員会は、昭和六三年七月二二日から平成元年九月二二日までの間、のべ三三回の審議を行い、同月二九日の電気通信事業部会を経て、同年一〇月二日、中間答申を行った。
(2) 「中間答申」は、第一編「今後の社会経済動向を踏まえた電気通信市場構造の在り方」、第二編「ISDN化の進展等を踏まえたサービス、料金体系の在り方」において、社会経済の動向、電気通信市場、ISDN等について検討を加えたうえ、第三編「我が国の基幹的電気通信事業者であるNTTの在り方」において、NTTの在り方についての検討を行っている。
すなわち、第三編は、国民的共有財産ともいえる全国的ネットワーク等を電電公社から承継し、電気通信のあらゆるサービスを一社で全国的に提供する唯一の事業者で、シェアの面でも圧倒的に優位なNTTを、我が国の電気通信市場における基幹的電気通信事業者と性格づけたうえで、NTTに、NTT法第二条所定の責務について十分な役割を果し、電気通信市場における公正かつ有効な競争の実現のための基盤を整え、多極分散型国土形成に向けての基盤的役割を果すことを期待している(「中間答申」一九〇頁)。
そして、NTTの経営面の問題点(同一九二頁)、公正有効競争実現の観点からの問題点(同二〇八頁)、研究開発、地域振興等の観点からの問題点(同二二八頁)を指摘するとともにそれぞれについて改善のために必要な措置を具体的に列挙している。さらに、その他の重要項目として、NTTが有している行政的権能のNTTからの分離の問題に言及し(同二三七頁)、また、旧公社時代に電話加入者等が加入時に支払った設備負担金の累積額がNTTにおいては資本準備金として整理されている点について、電話加入者が同一コストについて再度料金を請求され二重負担を強いられていることになるとの指摘を踏まえ電話加入者等にその利益を還元できるような会計処理を検討する必要があると論じている(同二三八頁)。
(3) 「中間答申」は、以上の検討を踏まえたうえで、NTTの問題点を解決するために考えられる方策として、<1>現行組織形態のまま改善措置を講ずる方法、<2>組織を再編成する方法、<3>個別業務を分離する方法の三つを並列的に示している。
<1>に関しては、事業部制の徹底、内部相互補助防止の徹底による料金の適正さの担保、情報の偏在の是正と情報の流用の防止の徹底、接続の円滑化の四点が講ぜられるべき主な措置内容として掲げられているが、<1>の方法は、抜本的な対策としては限界があるとも述べられている(同二四三頁)。
<2>は、効率的経営の達成(経営管理規模の適正化、事業体間の比較による効率化)、電気通信市場の活性化(公正有効競争の実現、料金の低廉化、サービスの高度化・多様化、巨大な購買力の抑制)、地域振興への貢献などに役立つという観点から検討されているもので(同二四六頁)、再編成をさらに地域別再編成方式、市内市外分離で市内全国一社方式、市内市外分離で市内複数社方式の三モデルに分類して(同二四八頁)、コスト、効果などの観点から組織再編成を分析するとともに(同二五三頁)、組織再編成の問題点や要検討事項についても考察している(同二六三頁)。その際、NTTの分割は株価にマイナスの影響を与えるとの主張については、組織再編成はNTTの体質改善を図るもので株価に必ずマイナスとはいえないと述べ(同二六九頁)、また、再編成に際しては、株主の保護、債権者の保護などに関し、商法の特則規定を設ける等の検討が必要としている(同二七一頁)。
<3>については、個別業務を分離する場合のメリット、デメリットを論じている(同二七三頁)。
(二) 右認定事実によれば、「中間答申」は、NTTの基本的性格や現状、社会経済や電気通信に関する諸般の事情を幅広く多角的に検討し、さらには株価への影響や株主の保護も視野にいれたうえで、NTTの問題点を解決するための方策案として、現行組織形態のまま改善措置を講じる方法および組織の再編成ないしは個別業務の分離をする方法を示したものであり、その検討経過や検討内容が著しく不合理であるとは到底いうことができない。
したがって、被告(電気通信審議会)の「中間答申」がNTT分割案等を示しており、「中間答申」発表を契機としてNTT株価が低下したとしても、そこに何ら違法のかどはない(なお、原告が主張する売却損については、被告(電気通信審議会)が「中間答申」を発表した以前にNTT株を売却したことによる損害であり、右「中間答申」を発表したこと自体を違法行為とする原告の主張は、それ自体失当である。また、後記「答申」、「講ずる措置」についても同様である。)。
3 「答申」について
(一) <証拠>によれば、以下の事実が認められる。
(1) 「中間答申」を受けた郵政大臣は、同日、電気通信審議会に対し、「中間答申」を踏まえて「NTT法附則第二条に基づき講ずるべき措置、方策等の在り方」について諮問をした。
同審議会には、新たに、渡辺文夫(日本航空株式会社会長)部会長のほか一三名の委員(有識者)および三名の専門委員(学識経験者)から構成される「NTTの在り方に関する特別部会」が設けられ、特別部会は、第一回(平成元年一〇月二三日)から第一二回(平成二年二月二八日)まで、途中、三回の審議会での審議もはさみながら、審議を行った。
そして、同審議会は、平成二年三月二日、これを答申、発表した。
(2) 「答申」は、まず、<1>国民利用者の利益の最大限の増進、<2>公共性の確保、<3>競争の活性化、<4>技術革新への対応、<5>国際化への対応、<6>NTTの経営の向上(経営向上による株主の利益増進を含む。)の六点をNTTの在り方を検討する視点に据えたうえで(「答申」二頁以下)、NTTの在り方の前提となる電気通信市場について分析し、昭和六〇年の電気通信制度改革の一定の成果が上がっているがいまだ十分に活性化しているとは言い難い現状であること、NTTの巨大、独占性ならびに市内通信網と長距離通信網等を一体的に運営しているという特異な市場構造が、競争による成果の利用者へ還元するについて問題となっていること、今度は電気通信市場は独占的分野(市内通信市場)と他の競争的市場とに構造的に区分されることが望ましく、NTTを市内通信部門と他の部門に分離し、前者については巨大、独占性の弊害を除去するための措置を、後者については新事業者と同様の位置づけとする措置をそれぞれ講じ、かつ、総体として電気通信の公共性は維持される必要があること、を指摘している(同五頁以下)。
(3) 「答申」は、右の検討を経て、NTTについて講ずることが望ましい措置として、<1>長距離通信業務を市内通信部門から完全分離し完全民営化すること、<2>市内通信会社は当面一社とすること、<3>移動体通信業務をNTTから分離し完全民営化すること、<4>業務分離の円滑な実施等のための所要の措置を講ずることを掲げ(同一一頁)、かつこれらの措置、特に<1>の実施については、株主、債権者の権利を十分配慮するべく、NTTの株主が業務分離後に長距離通信を行う株式会社の株式の無償交付を受けかつその市場における売買が可能となるような措置などを講じるのが適当である、と述べている(同一七頁)。
(二) 右認定事実によれば、「答申」は、「中間答申」を踏まえてNTTの在り方を検討するのに必要な視点を設定し、電気通信市場等に関する問題点とその原因を把握した上での結論として、NTTの長距離通信業務を市内通信部門から完全分離し完全民営化すること等が最良と述べたものであり、それが実施される場合の株主保護のための方策をも示唆しているものであるから、NTTの在り方の検討として著しく不合理であることが明白であるとは認められず、「答申」発表を契機としてNTT株価が低下したとしても、これについて違法云々を論じる余地はないと言わなければならない。
4 「講ずる措置」について
(一) 「講ずる措置」は、原告が主張する評価損の基準日である平成二年三月二九日より後である同月三〇日に発表されたものであり、これが違法で損害を被ったとの原告の主張は、右基準日を前提とする限りそれ自体失当であるが、念のため、右「講ずる措置」が違法なものかどうかについて判断する。
(二) <証拠>によれば、以下の事実が認められる。
「講ずる措置」は、「答申」の精神を生かし、電気通信市場の現状を踏まえ、今後二一世紀の高度情報社会の実現に向けて、国民、利用者の利益の最大限の増進を図るとともに、電気通信全体の均衡ある発展を図っていく必要があり、このためにNTTの巨大・独占性の弊害についても可能な限り改善措置を講ずること等公正有効競争を実現し、またNTTの経営の向上を図ることを基本的な考え方とし、<1>NTTが、長距離通信事業部、地域別事業部制を導入し収支状況を開示する等事業部制の徹底により公正有効競争を促進し、<2>株主への利益還元について十分配慮した上、NTTにおいて徹底した合理化を自主的に推進し、<3>上記<1>、<2>の措置の結果を踏まえ、NTTの在り方について平成七年度に検討を行い、結論を得る等と述べている。
(三) 右認定事実によれば、「講ずる措置」は、「中間答申」および「答申」の検討結果を踏まえてNTT法附則第二条にもとづき今後講ずべき措置の基本方針を示したものであり、その内容が著しく不合理であることが明白であるとは認められないから、「講ずる措置」発表を契機としてNTT株価が低下したとしても、これについて違法云々を論じる余地はこれまたないと言わざるを得ない。
二 重要な情報を事前に開示していないとの主張について
1 被告が、NTT株主あるいは株主となろうとする者との関係で、NTTに関する重要情報を事前に開示すべき法律上の注意義務を負っていると解すべきか否かはさておき、本件についていえば、たとえば、第二次臨時行政調査会(以下、「臨調」という。)が昭和五七年七月に発表した「行政改革に関する第三次答申」は、「現在の電電公社は、五年以内に、基幹回線部分を運営する会社と地方の電話サービス等を運営する複数の会社とに再編成することとし、当面、政府が株式を保有する特殊会社に移行させる。」と指摘し(<証拠>)、かつ、臨調が旧公社の組織再編成の必要を強調していたことは既に審議中の同年四月、五月に一般にも報道されているのであって(<証拠>)、このような経緯を踏まえれば、仮にNTT法制定前に郵政省が旧公社の分割に反対していたとしても、NTT法附則第二条で検討事項とされているNTTの在り方に関する問題の中のひとつとしてNTTの組織再編成の問題はなお残っていると判断することは不可能ではなかったということができる(現に、政府のNTT法案の提出がNTTの組織再編成その他の可能性を否定する趣旨のものではなかったことは、昭和五九年六月二〇日の逓信委員会の審議において、NTT法案附則第二条でどういうことを予想しているかとの佐藤委員の質問に対し、小山政府委員が、「経営形態の問題も含めまして、経営の在り方全般または一部について見直しが生ずることはあり得るというふうに想定した」と答弁していることからも明らかである(<証拠>。)。
2 そもそも株式を購入し株主となる者は、自己の判断と責任において企業に投資するものであることに鑑みると、NTTの株式を取得しようとする者は、本来、NTT法附則第二条の右のような事情をも見込むべきものであり、前記1のようにそれが不可能ではなかった以上、自らの判断と責任においてなした行為による損失はこれを甘受すべきであり、被告において株主のための情報開示に欠けるところがあったということはできず、原告の情報開示義務違反の主張は理由がない。
三 行政権を濫用しているとの主張について
1 原告の主張1(三)<1>ないし<3>については、週刊誌等においてそのような趣旨の論評がなされているに過ぎず、本件全証拠によるも右各事実を認めることはできない。そもそも、郵政省は、郵政省設置法第三条第四号により電気通信に関する行政事務を遂行する責任を負っている行政機関であり、その行政権行使の最終的責任が内閣に帰属しているのももちろんであって(憲法第六五、第六六条、内閣法第三条、郵政省設置法第二条第二項)、郵政省がNTTの在り方について検討を加えることは何ら違法なことではない。
2 同じく<4>については、電気通信審議会の豊田英二会長が、トヨタ自動車株式会社の会長であり、同社が大企業で、かつ、電気通信事業者である日本高速通信株式会社の筆頭株主であることは認められるけれども(<証拠>)、そのことが直ちに被告による行政権の濫用を基礎付けるものでもない。
3 したがって、被告が行政権を濫用したとの主張も理由がない。
四 結論
よって、原告主張の評価損が確定的に発生した損害とみれるかどうか等その他の主張について判断するまでもなく、原告の本件請求は理由がない。
(裁判長裁判官 満田忠彦 裁判官 片野悟好 裁判官 松村徹)